カイザー日記   章 継者」


Chapter:1 「ハッキング」

6/22 晴れ

カイザー・ソゼ、ロロ・トマシ、処刑人・・・・その他色々騙ってきた。でもやっぱりお気に入りは「カイザー・ソゼ」。
「俺の日記」はかなり気合いを入れて書いてたけど結局誰も見てくれないから辞めた。文才無いのかな・・・。
また日記を書き始めたものの、毎日書く気力はもうない。僕はそんなにマジメな人間じゃないし。
ネットでは何でもアリだと思ってた。NSCは人気があったけどちょっとした事件以来消してしまった。
それからはどんなアングラサイトに行っても見てるだけにした。ナイフを突きつけられるのはもうこりごりだ。
・・・・と思ってたけど、最近どうも普通にネットを徘徊するのが退屈になってきた。NSCやってた頃は熱かった。
何時ばれるかとドキドキしながらも、やめるにやめれないネットストーキング。スリリングな毎日だった。
また、やるか?思いついた瞬間、身体が震えた。トラブルに巻き込まれる様なことがまた有るかもしれない。
そしたらまた逃げればいいだけだ。どうせ僕の本名とかはわかりっこないんだから。
以前はストーキングしてる身でありながら串を知らないなんて恥ずかしい事してたけど、今は違う。
少しは知識も仕入れたしナマIPを隠す串の設定もバッチリだ。これからする事を考えると楽しくなってきた。
なんだかんだ言ってもネットはアングラが一番面白い。犯罪スレスレ。いや、最早これは犯罪行為かな?
でもアングラにそんな事関係ない。皆が好き勝手にやりたいことをやる。だから面白いんだよ。
僕は僕のやりたいことをやる。復活を望んでる人だっているはずだ。NSC仲間ともまた会えるかもしれない。
・・・・・・・どうせやるなら、ターゲットは「希望の世界」が面白いかも。僕に屈辱を与えた因縁のページ。
雪辱戦といくか!この前はうまく逃げられたけど、そう簡単にページを消すはずがない。
別に僕の様に正体がバレた、ってわけでもないし。それらしき事はあったけどバレた後も健気に頑張ってたな。
ただ単にNSCから逃げただけならどこかに引っ越してるはず。必ず見つけだしてやる。
燃えてきたぞ。


6/24 曇り

インターネットを始めたら変なページを作ってやろう、と決めていた。嫌らしいと自分でも思う。
別段普段の生活に不満があるわけじゃない。両親も健在だし学校でイジメにあってるわけでもない。
逆に平和ボケしてしまった為に刺激が欲しかったのかもしれない。ネットストーキングも特に悪いとは思わない。
旧NSCでは結構酷い目には会った。あの時はさすがに少し罪悪感を感じた。ナイフまで持ってこられちゃね。
ただ、今考えるとアレは怪しい。掲示板で殺人依頼したら本当に死んでしまった?あるわけないよそんなの。
sakkyさんがあそこまでした理由はわからない。NSCも知らなかったみたいだし。考えたってわかる訳ないけど。
で、さすがの僕も悪いことしたなって思って、NSCを教えてあげた。これで僕の謝罪は終わったはずなのに。
あの人は深入りしてきた。挙げ句の果てロロ・トマシが僕だって事まで嗅ぎつけてNSCは潰れるハメになった。
でも、この出来事でで僕が学んだのは、「ネットは怖い」じゃなく「うまくやれば逃げ切れる」だった。
もう1度やったって平気だろう。現にsakkyさんは僕が教えるまでストーキングされてるのを知らなかったんだから。
さて、まずは何処から手をつけようか。引っ越し先を見つけるにはどうすればいいか。
引っ越し先には二種類考えられる。プロバイダごと変えたか。無料ホームページのアカウントを取ったか。
他にも方法は有るかもしれないけど、恐らくこの二つのどっちかだろう。というか、それ以外思いつかない。
とりあえず幾つかのメジャーな検索サイトで検索してみた。キーワードは「希望の世界」。
ヒットした!と思ったら旧「希望の世界」で、今は何もないのが何個か。他のキーワードではどうかな?
「希望」「世界」「日記」「sakky」「出会い」「トオル」「タケシ」「渚」「三木」「TOMO」「えんどうまめ」・・・・・・・
どれも見当違いな結果ばかりだった。引っ越した後は何処にも登録してないのかな。これは意外と難しそうだ。
やっぱ諦めようかな・・・・なんて思わない。逆に、何としても見つけてやる、と僕の中に黒い情熱が。
やめられない。


6/25 雨

何かヒントは無いか。色々考えていたら、絶好のヒントがある事を思い出した。
sakkyさんからのメール。ただのメールじゃない。sakkyさんが騙った「王蟲」と「紅天女」のメールだ。
僕にとって騙されたて事は恥ずかしい思い出でしかなく悔しいけど、今は逆に感謝してる。
このメールをみれば有る程度の予測をたてる事ができる。道しるべを見つけた気分だ。
二つとも同じ企業のアカウント。無料ホームページが持てるやつで日本のサイトだから簡単に申し込める。
恐らく最初は「王蟲」と「紅天女」の騙り用メールのアカウントを取るためだけに、和ジオに申し込んだんだと思う。
ここで、ある事に気が付いた。そう言えばsakkyさんはNSCSなんてページを作ってたな・・・・・。
あのページって「お気に入り」に追加してたかな?履歴はもう残ってないと思う。1ヶ月以上前のことだし。
確認してみると、有った。NSC関係のはどうも削除するのが忍びなくて残しておいたんだった。
過去の栄光にすがってるだけだと言えばそれまでなんだけど、とにかくNSCSは残ってる。行ってみよう。
しかし、何もなかった。何か意味の分からない英単語とかがちらほら。何だ?どうなってるんだ?
しばらく考えると答えが出た。なんだ、簡単な事じゃないか。NSCSは強制削除されてしまったんだ。
あの内容では削除されても文句は言えないな。堂々とネットストーキングなんてされては黙ってられないだろう。
僕はちゃんとNSCは外国のサイト、「滅望の世界」は和ジオと使い分けてたから特にトラブルはなかったけど。
アドレスを見てみるとやっぱり和ジオだった。となると、このアカウントは「王蟲」か「紅天女」のどっちかだ。
二つのアカウントは有効に使われている。こうなると「希望の世界」が和ジオに有る可能性が高くなってくる。
片方にはNSCSがあってもう片方に「希望の世界」が。だいぶ絞れてきたぞ。「希望の世界」は近い。
黒い情熱がさらに燃え上がる。


6/26 曇り

和ジオに有ることは間違いないと思う。では、この中からどうやって探し出す?
URLにユーザー名を表示させるタイプであったら少しは楽かもしれないけど、残念ながら違った。
とりあず和ジオのホームページを開いてみる。色々あってよくわからないけど、適当なコミュニティを訪問する。
・・・数が多すぎる。確かに紹介文を見れば「紅天女」のページかは判断できるけど。こんなに多いと無理だ。
全てのリストに目を通せば確かに見つかる。でもさすがの僕でもこれはお断りだな。他の方法にしよう。
何かいい方法がないか、と和ジオのトップページを見てたら素晴らしいものを見つけた。
何て親切なんだここは。検索システムがあるじゃないか。各コミュニティごとの検索だけど、十分だ。
全てのリストを見るよりはるかに早い。片っ端から検索してやろう。キーワードは勿論「希望の世界」。
コミュニティごと、といってもさらにそこから分かれてたりしてるのもあるので意外と時間はかかる。
そうやって何回目の検索をした時、見つかった。「希望の世界」の場所を突き止めた!
行ってみると、懐かしい壁紙とタイトル文字が目に入る。自分の凄さに震えた。見つけた。とうとう見つけたぞ!
僕にはハッカーの素質があるかもしれない。NSCで一世を風靡した記憶が蘇り、至福の喜びをかみしめた。
僕はこのアングラでの狂った栄光を求めてたんだ。さあNSCの復活だ!!復活・・・・・復活・・・・・・・・・・
・・・・・・オナジコトヲスルノカ?僕は自問自答した。そうだ。これはただ過去の栄光を取り戻そうとしてるだけだ。
NSCは確かにアングラで人気があり、その復活は僕も望んでた。しかしそれは逆に言うと「そこまで」って事に。
僕の才能はそこが限界って事にならないか?NSCに固執するあまり自分の可能性を潰してしまってるのでは?
さらに上を。上を目指せ。もっとでかいことができるはずだ。僕にはハッカーの素質があるんだから。
ハッカー。僕が最も憧れる称号だ。僕はそれになれるかもしれない。大丈夫、僕にはできる。僕なら、やれる。
・・・・「希望の世界」を乗っ取ってやる。


6/29 曇り

場所も分かってるしユーザーIDも分かってる。しかし乗っ取るためにはパスワードを見つける必要がある。
そのパスワードが問題だ。そう簡単にわかるものじゃない。解析できるソフトとかあれば話は別だけど。
残念ながら僕はそんなソフト持ってない。やっぱり推測していくしかないのか。心理戦だな。
sakkyさんの心理を読んで、パスワードを暴く。ここからが僕の腕の見せ所だ。ハッカーへの第一歩ってトコかな。
和ジオのホームページへ行ってファイルマネージャを開く。基本的には思いつくまま入力していけばいい。
なんの関連性もないパスワードでは無いと思う。何かしらの意味のあるものでないと本人も覚えられないだろう。
そもそもここは王蟲のアカウントのページなのか紅天女の方なのかもわからない。片方ずつ当たってみるか。
「王蟲」関係からやってみよう。「王蟲」は確か「風の谷のナウシカ」に出てきたやつだ。となると・・・・・
パスワードにもナウシカ関係のものを使ってると考えられる。とにかく思いつく限り打ち込めばいつか当たる。
あの漫画は読んだことあるから打つネタには尽きない。・・・・・・・・・・・これで、どのくらい時間を費やしたかな。
全然駄目だった。登録時のパスワードのままなのか?それだと僕には手に負えない。
いや、実際HPを作り始めるとなると、やっぱり覚えやすいパスワードに変えるはず。誰だってそうだ。
かと言ってこのやり方では時間がかかりすぎる。いくら僕でもいい加減嫌になってくる。
「王蟲」の次は「紅天女」もあるんだ。もし「希望の世界」が「紅天女」側にあったら・・・・・ウンザリしてきた。
「紅天女」って確か「ガラスの仮面」に出てきたやつだ。まいったな。アレにはかじった程度の知識しかない。
「王蟲」側のアカウントに無かったら絶望的だ。打ち込むも何も元のネタがわからないんじゃどうしようもないな。
真剣に考えるのが馬鹿らしくなってきた。適当に打って当たればラッキーってことでいいよ。ほら、これでどうだ。

「sakky」

震えた。そして、笑いが止まらなかった。そうさ、こんなモンだよ。パスワードなんてのは。
かえって何も考えないで打ったのが当たったりするんだよ!画面の中ででファイルマネージャが開いていく。
・・・・・・あれ?ファイルが少ないな。喜んだのも束の間、力が抜けた。そこはNSCS跡だった。
しかし、これでパスワードの傾向が少し見えてきた。パスワードはsakkyさん自身に関係したものだ。
この調子で「紅天女」の方を試せば「希望の世界」に辿り着く。一歩、「希望の世界」を追いつめた。
愉しい・・・・。


6/30 雨

一番怖いのは生年月日とか「数字」を使われること。これをやられると僕はお手上げだ。
でもそれは無いと思う。「王蟲」側は「sakky」と単語だった。「紅天女」側もなんらかの意味を持った単語だと思う。
片方が「sakky」なら、もう片方は・・・・?こっちも「sakky」かもしれないと思ったけどさすがにそれは無かった。
名前に関係してるかもしれない。sakkyさんの本名とかが分かれば楽なのにな・・・・・。
貰ったメールは全て「王蟲」か「紅天女」のどちらかだった。NSCへの攻撃を命令してきた時も「王蟲」だったし。
「希望の世界」にも本名は公開してない。本名を明かしそうな場所なんてあるか?考えろ。自分ならどうするか。
僕はネット上で本名を公開したりはしない。でも本名を公開せざるを得ない状況も有った気がした。何時だ?
・・・・・・そうだ。最初だ。ネットを始める時。プロバイダとの契約時にはさすがに本名を明かした。
そして、似たような事がもう1度。和ジオのアカウントを取るときだった。職業やら趣味やら色々書かされた。
勿論僕はでたらめばかり書いた。僕はアングラっぽいページを作るのが目的だったから警戒してた。
・・・・・sakkyさんはどうだろう?あの人はアングラに入り浸ってるわけでもなさそうだし。これは期待できるかも。
和ジオのページへ行きプロフィールエディタを開く。そして「王蟲」のアカウントで入る。出てきた・・・・・・。
予想通り!sakkyさんは本名を書いてた!岩本早紀さん。貴女結構マジメなんですね。
さて、再びファイルマネージャの入り口へ。パスワード解読を再開する。今度こそうまく行く気がする。
パスワードを入力。「saki」・・・・違う。じゃあ次は・・・・・・・・・

「iwamoto」

おおおおおおおおおおおおおお!!!いいのかこんな簡単で!?ファイルマネージャ開いちゃってるよ!!
ファイルも間違いなく「希望の世界」のモノだ。やった。僕はハッカーになれたんだ!やっぱり素質あるんだよ!
それにしてもsakkyさんは不用心だな。こんな分かりやすいパスワード、他の人にだってバレる可能性が・・・・
いや、これは決して簡単ではないぞ。匿名性の高いネットの中では本名ほど暴き難いパスワードは無い。
現に僕だって本名にたどり着くまでに結構苦戦してたじゃないか。普通は分からないんだよ。
sakkyさんが少しでも「情報が漏れるかも」と考えてたらアウトだった。あの人はそこまで頭が回らなかったらしい。
しかし、何と言っても1番重要なのは、sakkyさんより僕の方が1枚上手だったって事。sakkyさんにミスは無いよ。
やっぱり僕は凄いかもしれない。他人の個人情報まで覗いてしまった。これってやっぱり・・・・ハッキング?
素晴らしい。「希望の世界」は僕が乗っ取った。「私の日記」も今後は僕が更新してやろう。
いきなり「このページは俺が乗っ取ったぜ!」と全くの別物にしてしまうのは勿体ない。徐々に侵入するんだ。
勝手に「私の日記」が更新されてるのを見たら不気味に思うだろうな。ふふ。その反応を見たいんだよ。
sakkyさん、どんな反応してくれるかな。楽しみだ。まさか1度消えた僕が犯人だとは思わないだろう。
パスワードはしばらくそのままにしておいていいな。是非「私の日記」の僕が書く部分を消して欲しい。
そしたらもう1度書いてあげる。何度消しても僕がすぐに書き直す。警戒し始めた頃にパスワードを変えよう。
人のデータをいじるのはハッカーじゃなくてクラッカーだったかな?どっちだったか忘れてしまった。
どうでもいいやそんな事。今は成功の喜びを噛み締めよう。雪辱を果たし、さらにそこの新しい主となった・・・!
「希望の世界」は僕のモノ。


Chapter:2 「騙り」

7/10 雨

つまらない。「希望の世界」を乗っ取ってから一週間とちょっと、何の反応も見られない。
sakkyさんは自分のサイトをちゃんと見てないのだろうか?さすがにこれだけ反応が無いと心配になってくる。
「私の日記」をいくら更新しても見てくれないのなら意味がない。折角乗っ取ったのに気付いてくれないなんて。
こうなったら掲示板で騙りでもやろうか。sakkyさんって串を通してたっけ?忘れちゃったな。まあいい。
どうせバレる騙りなんだから違う串を使っても関係ない。別段何の用意も必要ないし思いつくまま書いてみるか。
できれば「私の日記」の偽更新だけで突っ切りたかった。その方が面白い展開になるかと思ったんだけど。
掲示板にニセモノを登場させるとsakkyさんに「ニセモノが居る」とはっきり分かってしまう事になる。
それよりは誰かはわからないけど勝手に更新されていく方が不気味に感じてくれて追い詰めがいがある。
でもこのままだと本当に何も起きないままになってしまう。ターゲットをsakkyさん以外にも広げないと。
sakkyさんになりすまして他の人と会話するのも面白いかもしれない。ただ、一つだけ気になる事が。
最近誰も「希望の世界」に書き込んでない。sakkyさんだけじゃなく他の人も見にきてないのか?
もしかしてsakkyさんは「希望の世界」を引っ越しさせてからは何処にも宣伝してないのかもしれない。
新しい人が入ってこないにしても、今まで居た「えんどうまめ」「三木」「TOMO」「渚」は何で来ないんだろう。
結局こっちから動かなきゃ何も分からない。自作自演は何回もしたけど他人の名を使うのははじめてだったな。
sakkyの名で書き込む。「みんな〜元気〜?最近誰もカキコしてくれないから寂しいよ〜!誰か書いて〜!」
最初はこんなもんでいいかな。これで反応が無いとなると本当に誰も見てないって事になるな。
そんな事態になっても楽しめるように「希望の世界」を色々な所に宣伝しておこう。勿論アングラにも。
ただアングラに宣伝した所で見た目は普通のページだから面白い反応は期待できないかもしれない。
何も知らない普通の人が来ればしめたもの。からかって遊んでやろう。ハッキングに成功した僕だけの特権だ。
愉しむとするか。


7/11 雨

反応があった!でも何か様子がおかしい。反応してくれたのも一人だけだし、その内容も意味が分からない。
「三木」が1行だけ「今更よくそんなこと言えますね。」と書いている。やっぱり何かあったらしい。
他の人達はどうしたんだ?「希望の世界」を見るのをやめってしまったのか?sakkyさん、何をやらかしたんだよ。
みんなsakkyさんに愛想を尽かして去ってしまった後、「三木」だけが引き続きROMしてたって感じなのかな。
ただ、「三木」はsakkyさんに対して明らかに敵対心を抱いてる。彼の口振りからの推測に過ぎないけど。
sakkyさんが皆に対して何か不愉快になる様な事をしでかしたのか?何らかのトラブルがあったのは確かだ。
でなきゃ「三木」があんな発言をするわけがない。では、sakkyさんは一体何をやったんだ?
暴言でも吐いたのか?それともオフ会すっぽかしたとか。まさかsakkyさん自身も別の人の騙り?それは無いか。
僕はsakkyさん本人に会ってるわけだし。自分のことを「僕」って呼ぶから少し変わった女の人だとは思ったけど、
見た感じ本物っぽかった。ナイフは怖かったけど脅す動機も納得できる。アレは僕の方に非があったんだから。
・・・・今考えてみると結構かわいい人だったな。あの人を騙る事が出来るなんて結構名誉なことかもしれない。
そのsakkyさんがしでかしたこと。色々考えられるけどどれも断定はできない。じゃあどうすればいい?
よく分からないけどとりあえず謝っておこうかな。相手が怒ったままの状態だとまともな話は期待できない。
話もできないなんてせっかくの騙りも興を失ってしまう。元の関係に戻す為に謝っておくのは得策だ。
どうせ大したことで怒ってるんじゃないんだろ?ネット上だと小さな事でヘソ曲げたりする人が多いからな。
「ごめんなさい。まだ怒ってて当然だよね。でもやっぱり一人じゃ寂しいことがわかったの。私も反省してるから、
 だから、ね。戻ってきて。一生のお願い!もうsakkyは不愉快な思いをさせるようなことはしません!」
うわぁ。自分で書いてて恥ずかしくなってきちゃったよ。でもまあこんだけ平謝りておけば大丈夫だろう。
余裕だよ。


7/13 雨

どうも「三木」の反応が良くない。
「いつまでもそんな態度が通用すると思わないで下さい。ICQも切ったままじゃないですか。」
ICQ?しまった。sakkyさんはICQ使ってたんだった。ナンバーも公開してたっけ。
乗っ取った時にICQナンバーは消してしまったし、僕はICQ持ってないから騙る事ができない。
そもそも僕はICQってのがどんなのかイマイチ分かってない。よし。ここは一つ、調べてみるかな。
・・・・・・・・・・って意気込んで調べたものの、結局理解できなかった。基本的には英語のソフトらしい。
日本語版もあるとか。インストールしようか迷ったけど使いこなせなさそうだったので止めておいた。
どこのICQ解説のページを見ても「簡単!」とか「超便利!」とか書いてあるけど、はっきり言って面倒くさい。
適当な事を言ってICQは消してしまった事にしておこう。その方が後々都合がよさそうだ。
なんでもICQが有るとオンラインで会話ができるとか。となると「三木」と会話した時、色々突っ込まれると困る。
やっぱり無い事にしてしまおう。
「ICQはね、なんだか壊れちゃったみたいだから消しちゃったの。ごめんね。言い忘れてて。
 反省してるのは本当だよ。またみんなで楽しくお喋りしようよぉ。このままじゃ私、寂しすぎて死んじゃう・・・。」
sakkyさんってのキャラってこれで良かったっけ?確か間違いないと思う。あの人今何やってるんだろう。
ここまでくると「sakkyさんはもう『希望の世界』を見てない」と断定してもいいんじゃないかな。見てる気配ないし。
ICQの扱いはあれで良かったかな。まあソフトウェアなんだから「壊れた」って表現で問題は無いだろう。
それにしても「三木」をあそこまで怒らせるなんて、sakkyさんは相当酷いことをしたんだな。何やったんだろう。
まさか「三木」に聞く事なんてできないし、調べようもないんだから謝り続けるしか道はなさそうだ。
・・・・・・・・・・・・・ふと、妙な感覚に襲われた。「三木」の反応。あれってまさか・・・・いや、そんなわけないか。
あるわけない。うん。わかるわけないさ。駄目だな。人を騙してばかりだと他人の発言まで疑いを持ってしまう。
大丈夫大丈夫。


7/14 雨

何故こんな事に。
「騙るのもいい加減にして下さい!そんな事してて楽しいですか!?」
思わず画面から目を背けてしまった。「三木」、お前はなんで僕が騙りだとわかったんだ。
改めて考えてみると、あの反応はsakkyさんに対する言葉ではなく僕自身に対するメッセージだったんだ。
そしてさらに、ヤツは僕が「カイザー・ソゼ」である事を知ってる!あらゆる要素がそう示している。
最初の「今更よくそんなこと言えますね。」という言い方、この「今更」がかつての僕の悪行を知ってる証拠だ。
次の「ICQも切ったままじゃないですか。」も皮肉以外何者でもない。ICQの存在を忘れてた僕への嫌み。
畜生。昨日の嫌な予感が当たった。ヤツめ、僕をどうする気だ?告発してヤツになんの得がある?
それに「三木」は何処まで知ってるんだ?騙りをやってる事はバレてる。じゃあ「希望の世界」の乗っ取りは?
それともハッタリか?「希望の世界」はアングラにも宣伝した。どっかからハッタリ野郎がやって来たのか?
いやそれにしては発言が的を射すぎてる。カイザー・ソゼを知ってるんだからこの場限りの奴でもない。
何なんだ。何なんだよぅ。「三木」、誰なんだよ。どうやって見破ったんだよ。僕を知ってるのか?
サーバーの記録とか全部調べたのか?僕の行った掲示板のソーズ全部とっといてるのか?
お前もNSCみたいなの作ってるのか?「滅望の世界」の頃から知ってるのか?ロロ・ロマシの事は?
処刑人の事は?sakkyさんと会った事は?知ってるのか?全部知ってるのか?調べたのか?見てたのか?
何故?何処で?何時?どうやって?僕を?僕は?僕が?ボク?ぼく?ん?え?何?あははははははハハハ
僕ををを誰だだと思っててる???kkカイザー・sソゼだぞ。「希望の世界」の乗っ取りに成功した英雄だぞ!
そんな簡単に僕を追い詰めることができると思うなよ。裏の読み合いなら僕の得意分野だ。
お前の正体をさらけ出してやる。
「三木君、あなたなんでそんな事言うの?何を望んでるの?」
どうだ。一見sakkyが普通に答えてるようだけどこの発言の意図は分かるよな?お前の目的を聞いてるんだよ。
答えな。そしてどんどん情報を漏らしていけ。僕はどんな情報も見逃さない。けけけけけけけけけけけけけけ
・・・・・何かが、狂い始めた。


7/15 晴れ

何か言ってる。
「僕はあなたの目的を知りたいだけですよ。今度あなたの家にお邪魔するつもりです。その前にチャットでも
 しますか?明日僕はチャット室に居ますんで良かったら話でもしましょう。勇気があればの話ですが。」
これは僕に対する挑戦状だ。「勇気があれば」だって?そうやって煽ってチャットに誘い込もうとしてるんだろう。
チャットでの会話でこっちの情報を引きずり出そうって腹なんだろ?いいだろう。その挑戦受けて立ってやる。
最も、情報を引きずり出すのは僕の方だけどな。「三木」、お前のボロは見逃さないぞ。覚悟してろ。
それにしても「三木」も案外知能犯だ。「今度あなたの家にお邪魔するつもり」ってのは勿論ハッタリだろう。
まずそうやって相手の居場所を知ってるフリをしといてから、チャットとかで改めて相手に言わせる作戦だ。
考えてやがるな。僕は引っかからないぞ。ハッタリだって事は分かってるんだ。絶対自分からは言わない。
昨日した僕の「何を望んでるの?」の質問のはぐらかし方もうまい。「あなたの目的を知りたいだけ」だって?
そう言われたら僕はこっちから目的を喋るしかないじゃないか。まぁ僕の目的は「愉しいから」だけど。
答えても問題は無いけどあえて答えるのは止めよう。その方が「三木」も不気味がってくれるかもしれない。
「わかりました。明日チャット室に行きます。そこで三木君のお話を聞かせて貰うね。」
ふふふふふ。本当に、色々な話を聞かせてもらうよ。最終的には「三木」の居場所まで突き止めてやりたいな。
僕を相手にしたのが間違いなんだよ、ハッタリ君。ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。
・・・・・・・・・・僕は無理してるのか?なんだろうこの不安感。ああそうか。そういう事か。
僕はまだ心の底では「三木」の言ってる事を信じてしまってるんだ。本当に僕の居場所を知ってるんだと。
大丈夫。奴はハッタリだ。何故騙りを見破られたのかは分からないけど、そんなこと気にする必要ないさ。
「三木」の正体もわからないけど、何故sakkyさんが居ないのかもわからないけど、他の人が居ない理由も、
分からないことだらけだ。


7/16 晴れ

怖い。チャットで奴は待ってた。
「家にお邪魔するのはまだ控えておきますよ。そちらも来られるのは嫌なんじゃないですか?」
家はこれから探すんだろ?残念ながら僕は自分から居場所を漏らしたりはしないけどね。
「私の家の場所も知らないのにそんな事言わないで下さい。」
「知ってますよ。家の前は何度も通りましたが今度は実際に伺います。『訪問する』と言った方がいいかな?」
ハッタリもいい加減にしろ!しつこいよ!それとも本当に知ってるとでも言うのか?
「家に来られるのは確かに迷惑です。だからその前に一度会いましょう。場所は三木君が決めていいよ。」
どうだ。僕の家の場所も知らないのに僕が行ける場所を指定する事はできないだろう。できるわけないんだ。
そんなことできちゃいけないんだ。なのに、なのに奴は指定してきた。僕が行ける場所を!近くの駅を!
何故だ。ネットをやってる人間は日本中にいる。都道府県を限定させるだけでも困難なはずなのに。
それを奴はあっさりとクリアしやがった。もう間違いない。三木は僕の家を知ってる。あああああああ何て事だ。
僕の家の前を何度も通ってるだって?いつ?いつ来たんだ。僕は見られてる。僕は三木に見られてる!
窓を開けて外を見る。真っ黒が闇が広がってるだけだ。三木、お前はこの闇の中に居るんだな。
そこで僕を見てるのか?闇の中から僕を監視してるのか?答えろ。答えろ三木!答えてクレヨ!
パソコンの画面に視線を戻す。三木と話をする手段は今のところこれしかない。奴の姿を見ることはできない。
「何故僕の家が分かったんですか?」
もうsakkyのフリをする必要はない。バレてるんだから悪あがきはよそう。
「虫の家なんでしょ?。それはすぐにわかるから。」
虫?何のことだ?
「何の話をしてるんですか?」
「いい加減にして。まずは私の質問に答えて頂戴。」
三木の一人称が「私」に変わってる。奴の正体がますますわからなくなってきた。それに質問って?
「今、あなたの周りには何が見える?」
何だその質問は。まさか、僕の周りにあるものを言い当てるとでも言うのか?そんなことできるわけない!
もしそれができたら三木は・・・・・・考えるだけで恐ろしい。僕に奴の監視から逃れる術はない事になる。
僕の周り、何がある?パソコン。ラック。プリンター。勉強机もあるし本棚もある。壁にポスターが貼ってある。
開いたクローゼットには中学の制服が掛かってる。CDラジカセも置いてある。部屋の隅にはゴミ箱だってある。
後は・・・・ああ、虫が飛んでる。蚊か何かかな。他にも色々あるけど特に変わったモノは無いはず。
僕が報告するより三木のその発言の方が早かった。
「そこに虫は居た?」

僕は悲鳴をあげた。


Chapter:3 「チャット」

7/26 晴れ

結局誰にも相談できないまま、学校は夏休みに入ってしまった。
僕はパソコンに触れることができなくなっていた。パソコンの前に座るたびに背後に視線を感じてしまう。
三木の視線だ。怖くて日記を書くどころじゃなかった。ネットに繋ぐなんてもってのほかだ。
でも、それはなんの解決にもならなかった。最近では自分の部屋にいなくても三木の視線を感じる。
奴の視線を振り払うには、直接交渉するしかないのかもしれない。それには、パソコンを使わなければ。
三木は何らかの方法で僕を監視してる。その姿を確認する事はできない。チャットか何かで話すしかないんだ。
どの道逃れられないのなら、受け入れるしかないじゃないか。僕は奴と話す決意した。
それでもやはり怖いものは怖い。監視されてる事を知らされて平然としてる方が無理だよ。
日記を書いてる今でも時々後ろを振り返ってしまう。背後に感じる三木の視線は決して消えない。
ネットに繋ぎ、久々に「希望の世界」に行った。ここまでは何も変わらない。できればその先には行きたくない。
和ジオのページに行って「希望の世界」のパスワードを変えた。「iwamoto」とは何の縁もないものに変更した。
何の意味もない事に思える。けど、何かせずにはいられない。少しでも三木に抵抗がしたかった。
もしかしたら三木も「希望の世界」を乗っ取れる状況だったのかもしれない。だからパスワードを変えてやった。
効果があるとは思えないけど、今の僕にはこれが精一杯。他に抵抗する手段は思いつかなかった。
ほんの少しだけ気持ちが楽になったので、この勢いでチャット室まで行った。いや、行こうとした。
・・・・・行けなかった。画面に浮かぶ「チャット」の文字。これをクリックすればチャット室に入れる。
マウスをそこにあわせようとした瞬間、背後の視線が強くなった様な気がした。今から来るんだね?と聞こえた。
幻聴だ。そんなことは分かってる。分かってるけど、聞こえるんだよ。視線だって幻覚に過ぎない。でも、でも、
消えないんだ。聞こえてしまうんだ。感じてしまうんだ。幻だって分かってるのに、分かってるのに・・・・・・・!!
消えないんだよぉ。


7/28 晴れ

遠くで花火の音が聞こえる。ドン、と鳴るたびに僕は頭を抱えてうめき声をあげてる。
地獄の様な時間だった。花火の光が僕の部屋まで届くわけないのに、音と共に光が窓を照らす。
そして、その光の中には人影が見える。三木だ。あはははは。僕は馬鹿だ。見えるはずのないものが見える。
「希望の世界」に行ってチャット室に入ると、窓に見えた人影はパソコンの中に入った。背筋が冷たくなった。
三木の発言が溜まってる。「私は少し勘違いしてたみたい」「でももう完全に把握した」「覚悟してね」
「学校は夏休みなんでしょ?」「ずっと家に居るんでしょ?」「外出てないみたいね」「ネット繋ぎなさいよ」
「ハイジャックの犯人知ってる?」「パソコンゲームやってたんだって。」「そんな風にはならないようにね」
「あなたは正気?」「狂ってる?」「正気?」「どっちなの?」「返事して」「返事して」「返事して」「返事して」
うるせぇ、と呟いて画面を叩いた。僕は何をやってるんだろう。なんでこんな事になったんだろう。
「私に構わないで下さい」と発言を打ち込んだ。本物のsakkyさんは何処にいってしまたんだ。
三木が本物のsakkyさんじゃないか、と思う時もある。けどそれにしては不自然だ。三木の名を使う理由は?
二人は親友同士でそれで・・・・止めた。もしそうだとしても僕を監視してる事を説明することができない。
sakkyさん自身なら自分が本物だ、と主張すればそれで済むんだから。わざわざ話をややこしくする事はない。
僕は何時になったら解放されるんだろう。このままじゃ僕はおかしくなってしまういやもういまもすこしおかしいかも
違う。僕はおかしくなんかない。僕は正気だ。狂ってなんかいない。
さっき窓を開けてたせいで部屋に蚊が入ってきた。虫を見ると異常に腹が立つ。この前の事を思い出すから。
監視されてる事を知った瞬間のあの嫌な間、思い出したくない。僕は蚊を叩きつぶしてやった。
その死体を何重もの紙に包んでテープでぐるぐる巻きにして思いっきり固めてゴミ箱に放り投げた。
また、背筋が冷たくなった。憑かれたようにチャットの更新ボタンを押すと、三木の発言が表示された。
「死んだ虫なんかにこだわってなんの意味があるの?」
あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
僕は笑いながら泣いた。


7/30 晴れ

チャット室にまた三木の発言が増えてた。「いつまでsakkyでいるつもり?ロロ・トマシ君」
黙れ。「希望の世界」を乗っ取ったのは僕の実力だ。それを誇示して何が悪い。僕の勝手だろ。
こうなったら意地でもsakkyの名前を使ってやる。僕はsakkyだ。僕はsakkyだ。僕はsakkyだ。僕はsakkyだ。
「そんな事は重要じゃないんです。それより三木君は何をしたいんですか?」
また「僕はあなたの目的を知りたいだけですよ。」なんて言うんじゃないだろうな。知ってどうするんだ。
しばらくして更新してみると、奴は答えてた。「ソレを言ったらつまらないじゃないですか」
畜生!畜生畜生畜生畜畜生ちくしょうちうklさy@おう馬鹿に馬鹿にバカにバカニばかにばかにしやがって。
比較的はやくレスがつけれたってことは、繋いでる最中って事だよな?「そんな事言わずに教えて下さい!」
案の定すぐにレスがついた。「だから、つまんなくなるから教えない」・・・・・・・・・・・・・・・何て奴だ。酷い。
悔しくて涙が出てきた。こうやって悔しがる僕の姿を見たいのか?それとも怒る姿を見たいのか?怯える姿か?
「三木君の思い通りにはならないよ」今も何処かで見てるんだろ?視線でわかるぞ。汚ない奴め。
「ウフフ」と返す三木。僕はふざけるな、と怒鳴った。何処かで聞いてる三木には届いてるはず。
「ちゃんと聞こえた?」と入れると「ウフフフフフフフフ」と返してきた。とことんバカにしやがって。
「あなたは最低です。」言ってやったぞ。最低野郎。豚め。お前は豚だよ。豚豚豚豚豚豚ブタブタブタブタぶた
「いいの?そんな事言って。ウフフフフ」「どっちもどっちでしょ。」・・・・・・・・・・・・・・・・・・ブタめ黙れ。
「その変な笑い方止めて下さい。不愉快です。」僕のこの発言の後、チャット室は三木の発言で埋まった。
「ウフフ」「ウフフ」「ウフフ」「ウフフ」「ウフフ」「ウフフ」「ウフフ」「ウフフ」「ウフフ」「ウフフ」・・・・・・・・・・・・・
僕は画面を揺さぶり、何度も何度も「豚野郎」と叫んだ。
畜生。畜生。


8/1 晴れ

今日も一日中家にこもってた。外に出る気になれない。そんな気分にさらに追い打ちをかけられた。
夕方、ゴロゴロしながらテレビを見てると電話が鳴った。無視すれば良かったのに僕は受話器を取ってしまった。
もしもし、といつも通りの応対をすると、受話器の向こうで変な笑い声が聞こえてきた。
その時点では変な人だな、としか思わなかったので、もう1度もしもし、と言ってみた。笑い声が続いてた。
嫌な予感がした。僕の気配を察知したかのようなタイミングで、奴は口を開いた。
「君が、カイザー・ソゼ君?」
思わず受話器を手放してしまった。その声は男とも女ともわからない不気味な声だった。
知らない声だったけど、僕は電話に出てるのが誰なのか知ってる。三木だ。奴め、家に電話してきやがった!
震える手でもう1度受話器を持つ。恐ろしくて逃げ出したい気持ちはあったけど、三木と直に話す唯一の機会。
話さなきゃ、と思った。「誰ですか?」と上擦った声で聞いた。誰なのか分かってたけど、僕からは言えない。
少し間が空いた後、奴は答えた。「君は豚野郎と呼んでくれたね」
受話器を落としそうになるくらい震える手を、もう片方の手でなんとか抑えた。凍るように背筋が冷たい。
「だから、誰なんです?」とぼけてみたつもりだったけど、言ってみてから意味の無い事に気がついた。
またあの変な笑い声が続き、僕は痺れを切らして「誰なんですか」と絞るように言った。
「みき」と奴が答えたとき、僕は逃げられない、と思った。僕は三木から逃げられない。逃げられない。
「いい加減にしないと警察に訴えますよ」と小さく叫んでから、僕は受話器を置いた。
再びテレビの前に座って何もなかったようにしようとしたけど、内容は全然頭に入ってなかった。
誰を。警察に訴えるって?誰を訴えるんだ。三木を?どうやって?僕は奴の何も知らないんだぞ?
警察にはネット犯罪を専門に扱ってる人も居るって聞いた事がある。全てを話せば三木の正体を・・・・・・・
全てを話す?そしたら僕の事もバレるじゃないか。「希望の世界」を乗っ取ったことが。
「希望の世界」は僕が作ったことにすれば何とかなるかもしれない。・・・・いや、そもそもこれは事件にならない。
直接危害は加えてきてない。ネットでもメール爆弾とかしてきてるわけでもない。どうしようもないじゃないか。
今日はネットに繋がなかった。このままネットから消えてしまいたい。駄目だ。奴は現実にも侵入してきた。
もう涙も出てこない。


8/4 晴れ

今考えると、電話がかかってきた時近くに親が居なくて良かった。こんな事で親を巻き込みたくない。
でも、そうは言ってられなくなってきた。今度は本当にヤバイかもしれない。
今日のチャットで奴は「1度会ってお話した方がいいようですね」と言ってやがった。家に来るつもりか。
電話で「警察に言う」と言ったのがマズかった。昨日と一昨日、2日間を置いてからネットに繋いだ。
そこでも僕は「警察に言いますよ」と書き込んでしまった。それが三木を刺激してしまったんだと思う。
三木はまた「ウフフ」と書き込んだり、たまにまともに喋ったりと、行動が理解しがたい。何がしたいんだよ。
まともに喋る、と言ってもその内容は意味不明。「もう一人の私が変なことしてますね」だとさ。
狂ってる。間違いなく奴は既知外だ。そんな奴に睨まれた僕はどうすればいいんだ。
僕は全てを見られ、私生活にまで侵入されかけてる。怖いのはネットの中だけじゃなくなった。
ネットと現実の区別がつかなくなってきた。僕自身も壊れ始めてるのだろうか。違う。僕は正気だ。マトモだ。
チャット中書き込むセリフを自分で喋りなが打っているのに気がついたとき、僕は泣きそうになった。
何やってるんだ僕は。ネットはネット。現実は現実。ネットをしてる僕は現実。ネットは現実は僕は境は僕は
僕はカイザー・ソゼ。僕はロロ・トマシ。僕はsakky。僕は、僕の本名は?ネットの中ではそんなものいらない。
僕はカイザー・ソゼだ。カイザー・ソゼはネットの中だけで存在する。現実にその名を口にすることはない。
口にされることもない。誰も僕を「カイザー・ソゼ」と呼ぶことはない。ないんだ。あってはいけないんだ。
三木。奴は僕をカイザー・ソゼと呼んだ。ネットを超えて奴はやって来た。奴の前では僕はカイザー・ソゼだ。
僕は現実でもカイザー・ソゼになった。
ずっと前、誰かが言ってた気がする。「ネットはお互い顔が見えないから仲良くできる」
sakkyさんと会った時、僕はあの人を紅天女さんと呼ぼうとした。sakkyさんは僕を処刑人と呼んだ。
カイザー・ソゼとロロ・トマシは同一人物だけど、ネットの中では二人共個人として存在してる。
「希望の世界」の中の「私の日記」はsakkyの日記。僕がsakkyの名を騙って書いた嘘日記。
現実の中の僕は受験を控えた中学3年生。現実の中で電話をかけてきた三木。
三木に監視されてる僕は、カイザー・ソゼ。


8/6 ハレ

夜。晩ご飯を食べ終わってテレビを見てるとき、電話が鳴った。親が受話器を取った。
何か話した後、すぐに電話は切られた。受話器を置いた母さんは文句を言ってた。イタズラ電話だったそうだ。
「カイザー・ソゼを出せとか言って来るんだけど」
僕はふぅん、と何も知らない振りをして相づちを打ったけど、心臓が止まりそうなほど緊張した。
喉が異常に乾いてきた。お茶を飲もうとしてグラスを持つと、カタカタと手が震えてるのに気がついた。
落ち着け、と何度も自分に言い聞かせた。落ち着け。落ち着け。落ち着け。震えは止まらなかった。
再び電話が鳴ったとき、僕は思わず「ひぃ」声を出してしまい、緊張に耐えられなくなってグラスを落とした。
どうしたの?と聞く親を無視し、僕が出るから、と言って受話器を取った。
「カイザー・ソゼ君?」とあの変な声が聞こえてた次の瞬間には、受話器をたたきつけるように置いていた。
すぐに電話が鳴ったけど、どうせまたイタズラだよ、と言って受話器は取らなかった。
母さんが僕の顔が青ざめてると言ってたけど、その理由を言うわけにはいかない。僕はそうかな、とだけ答えた。
三木はこのやりとりを見てるんだろうか?見てるだろうな。そして笑ってやがるんだ。あの変な声で。
僕は散歩に行ってくると言い残し、外に出た。母さんが何か言ったけど無視した。外は異様に暗く感じた。
「1度会ってお話した方がいいようですね」という三木の言葉が頭に浮かんだ。
三木、そこに居るんだろ?この闇の中に居るんだろ?僕を見てるんだろ?出てこい。出て来いよ!
僕は出てこい、と叫ぼうとしたけど、その言葉は頭に文字として浮かんだだけだった。
パソコンの画面が思い浮かぶ。キーボードを叩くまねをしてみた。mikidetekoi sugatawomisero
「三木出てこい姿を見せろ」と変換されて僕の頭の中の画面に映し出される。更新ボタンを押す。
「ウフフ」という文字が画面に現れた。「その笑い方は止めろ」と打ち込む。また「ウフフ」と打ち込まれる。
僕は何をやってる?チャット。そうだよ。チャットだよ。電話は三木から一方的にかかってくるだけ。
チャットなら僕は自分から話しかけることが出来る。闇の中を彷徨いながら、僕はチャットをした。
通行人が変な目で僕を見る。わかってるよ。お前ら全員三木の差し金なんだろ?
その通り、と三木の発言が画面に現れた。畜生。みんなグルかよ。僕を狂わそうとしてるんだろ!
僕は落ちてた木の枝を拾い、闇に向かって振り回した。三木、そこに居るんだろ?闇に隠れてるんだろ?
何度振っても三木には当たらなかった。畜生。畜生。畜生。僕は無我夢中になって枝を振り回した。
三木の部下に当たりそうになったり、壁に当たったりしたけど、三木には当たらなかった。
家に帰ってもネットに繋ぐ必要はなかった。チャットはちゃんと僕の頭の中でできるから。さっきも出来たし。
hehehe


Chapter:4 「精神病院」

8/11 晴れ

数日間の調査の結果、三木は相当な権力者であることが判明した。
アナウンサーまで買収するなんて普通の人間に出来る事じゃない。
ニュースを見るたびにアナウンサーは僕の目を見て喋る。三木に僕を見るように命令されてるんだ。
喋る内容も僕に関することばかりだ。ハイジャックの犯人が実名報道に切り替わった。
奴等はそのニュースを読むたびに「次はお前だ」って目で訴えてくる。
僕が甲子園を見ようとしたら三木に中止にされてしまったのには驚いた。
テレビ局に電話して「三木の言いなりになるのは止めて下さい」と言ってやったけど相手にされなかった。
みんなおかしいよ。みんな三木に洗脳されてるのに気付かないのか?マトモな人間は僕だけじゃないか。
いつの間にかテレビに水がかかってた。僕もびしょぬれになってた。なんで?
雨が降ってるんだと思って傘をさした。電球に当たって割れてしまった。ガラスの破片が傘に刺さった。
傘をさしたまま、僕は途方に暮れた。何も考えたくなくなった。このまま今日が終わってしまえばいいのに。
よくわからないまま日記を書いてる僕。「今日も平凡な一日だった」と書いてから消して今の日記を書いてる。
書いてるってのは正しい表現じゃないな。キーボードで打ってるんだから何て言えばいいのかな?
やっぱり「書く」でいいのかな?日記なんだから。そんなことはどうでもいい。どうでもよくない。知らない。
今日も平凡な一日だった。


8/14 雨

今日は珍しく雨が降ってた。どっかの川が溢れて行方不明者が出たってニュース速報でやってた。
夕刊にもその記事が載ってた。僕は自分の名前が行方不明者のリストの中に載ってないか心配になった。
救助隊員が見てる目の前で次々と人が川に流されたらしい。僕も流された。家にいたけど流された。
助けてよ。救助隊員の人は見てるだけで何もしてくれなかった。助けてってば。僕、溺れてるんだよ。
三木は溺れてる僕を助けてはくれなかった。見てるくせに僕の知らない何処かで見てるくせに。
電話は鳴るけど絶対受話器を取らない。親もイタズラだと思ってるらしく受話器を取らない。
今年の夏は受験勉強をしなくちゃいけないんだ。良い高校に入って良い大学に入って良い会社に就職して
三木より偉くなって三木を潰して三木から解放されて三木を酷い目に会わせて三木の髪の毛全部抜いて
三木の腕を引きちぎって足を砕いて鼻を削いで耳を切り落として目をくり抜かなければならない。
その姿を想像したら気持ち悪くなって吐いてしまった。気持ち悪い三木。僕の想像にまで入ってくる。
電源入れてないパソコンの画面を見ると僕の顔が映ってる。こんにちわ、と挨拶したら一緒になって喋ってた。
画面に映る僕は僕と同じ表情をする。あああああああああああああああああああああああああああああああああ
叫んでみても画面の中にいる僕は声は出さなかった。そうか。こいつがカイザー・ソゼか。今気付いた。
日記を書くために電源を入れるとウィンドウズの画面が出てきてカイザー・ソゼの姿は消えた。
消えたんじゃない。映らなくなっただけだ。カイザー・ソゼは僕として存在してる。
「今日も平凡な一日だった」と書いてから消してこの日記を書いてる。この儀式は続ける必要があるのだろうか。
今日も平凡な一日だった。


8/17 晴れ

日記をサーバーにアップするの億劫になってきた。もともとサーバーには保存目的でしかアップしてない。
つーかさ、お前なに人の日記勝手見てるんだよ。お前だよお前。マウスいじってるお前だよ。
最近じゃドリキャスでもネットできるからな。そっち使ってるのか?でもほとんどの人がパソコンだろ?
三木が勝手にアドレス公開してるのか知らないけどさ。人の日記を覗き見るのは誉められる行為じゃないな。
お前ら、僕の書いた日記なんか見て楽しいか?勝手に見るなよな。見ないで。恥ずかしい。頼むから。ミルナ
あ、今「見られたくなかったらサーバーにアップしなきゃいいじゃん」なんて思っただろ?うん。その通りだ。
一理あるよ。うん。そうだよな。アップしなきゃ見られる事もないんだよな。僕もそう思います。
でも駄目なんです。アップするの義務なんです。一度決めたことは変更しちゃいけないんです。
あなたも画面に向かって叫んで下さい。ああああああああああああああああああああああああああああああああ
そして何かを壊して下さい。僕はCDラジカセを床にたたきつけました。派手な音をたてて壊れました。
ね?わかるでしょ?これと同じなんです。今の行為と同じ理由で僕は日記をアップしなきゃいけないんだ。
違います。同じ理由じゃありません。あなたは叫ぶ必要もないし物を壊す必要はありません。
なぜなら、あなた達はみんな三木の手下だから。僕はあなた達を信用しません。ただ見てるだけの人達は。
見てないで僕を助けて下さい。僕に励ましの言葉をかけて下さい。電話でもいいですよ。僕が出ますから。
電話番号はこちらです。

***-***-****

ちょっと仕掛けをしといたので普通の人の目には「*」としか映らないかもしれません。じゃ、待ってますね。
今日も平凡な1日だった。


8/18 晴れ

今日は親と一緒に出かけました。母さんがちょっと一緒に来て欲しいって言うから。
電車に乗ってると黒い肌のお姉さん達が下品な笑い声を立てていた。大きな板を袋に詰めて持ってた。
僕は彼女たちに向かって語りかけた。でもその声はあまりに小さく、恐らく誰にも聞き取れなかったと思う。
昨日の仕掛け、分かった?あれはね、米印の中に自分の好きな数字を当てはめるんだよ。それだけだよ。
これから湘南の海で泳ごうとしてる人たちには重要じゃない事かもしれない。けど僕は誰かに言いたかった。
駅で降りてバスに乗り、母さんは僕を目的の場所まで連れてきた。僕は最初そこが何なのか分からなかった。
流されるままに中に入り、母さんが受け付けで何かを言った。それから僕たちは少し待たされた。
順番が来て案内されると、そこには白衣を着た人が座ってて、どうぞおかけ下さいと言った。お医者さんだ。
何故僕はお医者さんの前で座ってるんだろう?その理由を考えてる間にも周りの世界は勝手に進んでいた。
母さんとお医者さんの会話には、受験勉強のストレス、インターネットのやり過ぎ、等の言葉が出てきた。
一通りの話が終わるとお医者さんは僕の目を見て喋ってきた。
「ここには外部とのコミュニケーションを計る為にパソコンの利用を許可されてる人も居るんですよ。だから・・・」
だから夏休みの間だけでも、ここに居たら?母さんがそう付け加えた。ここに?ここは何なんだ?
何故僕はここに居なくちゃいけないんだ僕は身体の調子は悪くないし怪我もしてない。何故お医者さんが?
何故?なぜ?ナゼ?僕は混乱して立ち上がった。お医者さんは慣れた様に大丈夫、落ち着いて、と言った。
看護婦か看護士かわからないけど誰か知らない人が「さぁ座って」と言って背後から僕の肩に触れた。
その瞬間、僕は発狂した。
叫び声をあげてものすごい勢いで部屋を出た。後ろで何か叫び声が聞こえた。僕は逃げた。
建物の中を走り回ってると中に入っては行けないような場所を見つけた。丁度誰かが出てくるところだった。
僕はその横を走り抜け、中に入った。すぐ後ろで「待ちなさい」という声が聞こえたけど無視した。
行けるところまで行こう、と思った。廊下を走ってると水飲み場でお兄さんとお姉さんが会話してた。
何故だか分からないけど僕はそれに釘付けになって立ち止まった。何かを思い出しそうになった。
突然数人の白衣を着た医者達が僕の横を走り抜けた。アレ?この人達は僕を捕まえに来たんじゃないの?
階段を上がっていくので僕も後を追ってみた。びしょ濡れになって泣いてる男が医者に抱えられて降りてきた。
その男は誰かに謝ってるみたいだった。ごめんなさい。もうしません。だから殺さないで。ごめんなさい。許して。
僕はふらふらと階段を下りて中庭に出た。穴を掘っては埋め掘っては埋めるおじさん。突然叫び出す人。
人形を殴る女の人。そして、僕。ああそうか。ここは・・・・・・・・・・・・・ここは、精神病院だ。
今度は明らかに僕を捕まえようとしてるお医者さん達が遠くから走ってくるのが見えた。
僕は芝生の上をはいずり回る名前も分からない虫を捕まえ、口に含んだ。かみ砕くと苦い味がした。
吐き気を押し戻すように僕はその虫を飲み込んだ。認めよう。僕はもう正気じゃない。狂った。僕は狂ったんだ。
狂わされた。


8/19 晴れ

結局僕は精神病院に通うことにした。さすがに入院はしたくなかった。
今日もカウンセリングを受けにいった。何か特別な事をするのかと思ったけど別段そういった事はなかった。
心理テストとかそんな感じのことだったと思う。そこでしてきた事の意味は僕にはわからない。
やることが済んだら僕は病院の中を見学させて貰う事にした。昨日より落ち着いてたのですぐに許可は下りた。
昨日のように逃げ回るつもりは全然なかった。中を見学する行為が僕に今必要な事だと思っただけだった。
歩き回ってると、そこが病院である事が改めて認識させられた。患者達は何らかの問題を抱えてここに来てる。
その表情は決して明るくはなかった。笑ってる人もいたけど、寂しさは消えてない。僕も・・・・同じ顔なんだろう。
ふと女の人が歩いてるのに目が止まった。僕はその人をじっと見てた。その人も僕を見てた。
何かが。何かが僕の中で熱くなっていった。僕はその女の人を知ってるのか?
狂う前の僕ならすぐにわかったかもしれない。しかし今の僕にはその人が僕の知ってる人なのか判断できない。
しばらくすると医者に連れて行かれてしまった。僕はその後ろ姿が消えるまでずっと眺めてた。
そして突然、僕の中で叫び声が聞こえた。「戻れ」
三木の声じゃない。誰の声か分からなかったけど、それは確かに僕の頭に直接響いた。「早く」
僕は急いで家に帰った。帰る途中、身体の奥に別の生き物がいるような気がした。なにかがうごめいてる。
昨日の虫だ。昨日の虫が僕のお腹の中で生き続けてるんだ。「早く部屋に戻れ」
それが幻覚であることは分かってる。しかし僕にはその虫の存在を受け入れる事ができた。幻でも構わない。
家に着くとすぐに自分の部屋に入った。午後3時。いつもならリビングルームでテレビを見てる時間だ。
何も変わらない部屋だ。「すぐに始まる」僕は何が始まるのか分からなかった。
そして、始まった。僕のパソコンが突然起動した。僕は何も触れてない。勝手に電源が入った。
僕が見守る中、パソコンは生きてるようにCDドライブをオープンしたりした。画面ではポインタが動いてる。
ポインタは迷うことなくまっすぐマイコンピュータに移動した。クリック。マイコンピュータが開いた。
僕は何もしてない。次々にフォルダが開かれていく。目的のものが最初から分かっているようだった。
まるでそこにもう一人の僕がいて操作してるみたいだった。しかしパソコンに触れている者は誰もいない。
透明人間がいるみたいだ。それが正直な感想だった。フォルダは僕がいつも書いてる日記まで辿り着いた。
透明人間。その言葉をもう一度頭に浮かべた。そうだ。透明人間だ。三木も、透明人間だ。
日記のファイルが開かれる寸前、僕はコンセントを抜いた。モジュラージャックも抜いた。
・・・・・・・・本物の、ハッキングだ。三木は僕のパソコンに侵入して日記を読んでいたんだ。
だから僕の行動は筒抜けだったんだ。でも虫は?虫は見えてたんじゃないのか?
ハッタリだ。見える訳ない。三木はハッキングして得た情報とハッタリを巧妙に駆使して、僕を追い詰めたんだ。
ハッキングの事実が分かったからと言って、三木の正体が分かったわけじゃない。それに・・・・・・・・
監視の手段が分かって少しは楽になったものの・・・・・・・・僕は、相変わらず狂ったままだ。
一度壊れたものはそう簡単には戻らない。
「逃げろ」・・・・その指示に従い、僕はプロバイダを解約した。必要なデータはフロッピーに移してから
Windowsの再インストールもした。「舞い戻れ」・・・僕は新しいプロバイダと契約して日記のアップは続けてる。
今日は、決して平凡な一日ではなかった。


8/20 晴れ

昨日の処置でハッキングを回避できるようになったのかはわからない。でももう電話はかかって来なかった。
モデムの設定をしてるときに気がついたけど、しっかり自宅の電話番号を記入する欄がある。
三木はそれで僕の家の電話番号を知ることができたのだと思う。昨日の日記は読まれたのだろうか?
本物のハッキングについて僕は全然知識が無い。だからコンセントを抜いた時点で開かれてなかったファイルも
三木のパソコンの方にダウンロードされてれば見られてる事になる。「平気だよ」
虫の声が聞こえるということは、僕はまだ正気に戻ってない、ということだな。でも虫の言うとおりだ。平気だよ。
狂ってると自覚することで僕は驚くほど落ち着いていられた。ただ狂っておかしな事ばかりしてては駄目だ。
三木は僕はハッキングに気付いた事を知ってるかもしれないし知らないかもしれない。どっちでもいいな。
自宅の電話番号を知られてるんだ。住所までバレる事も考えられる。もう奴からは逃げられない。
親に言って電話番号を変えて貰う?警察に言う?「違うな」うん。違う。これは僕自身が解決しなきゃいけない。
自分の手で、この問題を解決しなければならない。そんな義務感を感じる。
僕は「希望の世界」を新しくした。具体的には過去の「私の日記」を消して、全く新しい「私の日記」を始めた。
精神病院での出来事をもとに書いていこうかと思う。sakkyさんの名を使って僕自身の事を書くつもりだ。
見ているか?三木。新しくなった「希望の世界」だ。岩本早紀さん。本当にもう見ていないのですか?
このままでは「希望の世界」は主を失ったままです。僕が・・・・・僕がその役を引き受けてもいいでしょうか?
「希望の世界」をお借りします。以前のように単なる遊びとして「希望の世界」を乗っ取ったんじゃない。
三木と正面から向き合う為のパイプとして「希望の世界」を借りるんだ。三木、僕はもう逃げないぞ。
外には相変わらず闇が広がってる。この闇をたどれば何処かに三木という人間が存在してる。
早紀さんもだ。同じ夜空の下に、僕と同じように早紀さんは存在してるはずなんだ。
見てますか?早紀さん。僕の「希望の世界」です。あなたの作った「希望の世界」は僕が受け継ぎました。
見てますか?


- 第1章 後継者 -  完

第2章 「再始動」 へ。




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